― この仕事を、一生の仕事にしようと思った
プライベートバンキング室へ異動して間もない頃、私は毎日が勉強だった。
営業店時代とは、仕事の中身がまったく違う。
相続税。
自社株評価。
会社法。
民法。
組織再編。
M&A。
これまで経験したことのない専門分野ばかりだった。
書籍を読み、税理士や弁護士、公認会計士の先生方から教わり、休日も勉強を続けた。
覚えれば覚えるほど、「事業承継」という仕事の奥深さを知ることになる。
そして何より驚いたのは、多くの経営者が、自分の会社の株式についてほとんど理解されていなかったことだった。
「うちの株はいくらですか。」
「相続税はどれくらいかかるんですか。」
「会社は息子に継がせたいが、何から始めればいいのですか。」
銀行員時代にも経営者と接してきた。
しかし、本部へ異動して初めて、その相談の本質が見えてきた。
社長が相談したいのは、お金だけではない。
会社の未来なのである。
株式を誰に承継するのか。
後継者をどう育てるのか。
会社をどう残していくのか。
そこには、経営者としての人生そのものが詰まっていた。
私は次第に、この仕事に引き込まれていった。
一方で、疑問に思うことも増えていった。
税理士は税金を中心に考える。
弁護士は法律を中心に考える。
銀行は融資を中心に考える。
それぞれ専門家として正しい。
しかし、本当にそれだけで会社の未来は守れるのだろうか。
私は現場で数多くの経営者を見てきた。
社長には、それぞれの想いがある。
社員を守りたい。
会社を百年続けたい。
家族が争わないようにしたい。
その想いまで理解しなければ、本当の事業承継にはならないのではないか。
そんなことを考えるようになった。
もちろん、当時の私はまだ経験も浅く、専門家としては駆け出しだった。
それでも一つだけ確信したことがある。
事業承継とは、単なる節税ではない。
単なる相続対策でもない。
会社の未来をつくる仕事だということである。
経営者が長年築いてきた会社を、次の世代へどう引き継ぎ、さらに発展させていくか。
そのお手伝いができる仕事に、大きなやりがいを感じるようになった。
銀行員として十八年。
私はようやく、自分が本当にやりたい仕事に出会った気がした。
そして、この頃から筑後地区を中心に、多くの事業承継案件を担当することになる。
一つひとつの案件が、それまでの私の常識を覆していった。
「会社は利益だけでは測れない。」
「株式は単なる財産ではない。」
「社長の決断一つで、会社の未来は大きく変わる。」
私は数え切れないほどの経営者から、多くのことを学ばせていただいた。
今の私の考え方の原点は、間違いなくこの時代にある。